髪ドラのストーリー
「髪にドラマを。」が
できるまで
髪にドラマを。は始まりました。
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Scene 01
「パーマ屋さんになりなさい」
おばあちゃんの一言で大阪府泉南郡熊取町に、末っ子で生まれました。
小学校の時はのび太みたいな感じで、勉強できない、運動できない。友達はいっぱいいたので、そこに助けられてって感じでしたね。自信のない子でした。本当にママの横に隠れてるみたいな感じで。美容師や美容には全然関わってなかったんですけど、もう漠然と器用だったんですよ。
覚えてるのが、保育園のとき、女の子遊びが好きで人形で三つ編みとかしてました。編み込みとかも、たぶんできたと思いますね。母子家庭で女性ばかりだったので、おばあちゃんや母親の髪をくくっていたのを覚えてます。そういうのをしていると、まぁ器用だし、おばあちゃんから「パーマ屋さんになりなさい。パーマ屋さんがいいよ、あなた」って言われてて、なんとなくその言葉が頭に残ったまま、育っていった感じですね。
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Scene 02
「やればできる」
気づかせてくれたホリエモン今の自分が形成された瞬間ってすごく覚えてて。
美容師どうこうっていうより、「やるからには 1番になりたい」とか「やるからには最高の もの作りたい」とかっていう今のマインドって、中学の時にできました。この瞬間を覚えてるんですよ。
それまでは、全然何もできなくて、まぁ、いわゆる落ちこぼれみたいな感じですよね。
でも、中二ぐらいのときにテレビを観てたら、ホリエモンが出てたんですよ。当時25-26歳でバーっと成功してるのを見て、「賢くないと自分の人生終わるかも」と思って。
たぶん当時、5教科あわせて100点ぐらいしかなかったんですけど、部活の卓球だけはなんか異常にできたんですよ。「もしかしたら、頑張れば何でもできるかも」って思って。その瞬間が、ホリエモンのテレビを観たとき。「あ、自分もやらなあかん」と思って、思いっきり勉強したんですよ。450 点ぐらい取れるようになって、それぐらいで、まぁ良くも悪くも「俺はやればできる」っていうマインドになりました。 -
Scene 03
社員1800人
最大手・一部上場美容室サロンに入社高校で進路を決めるときも、たぶん何でも良かったんですよね。「何でもできる」って思ってたんで。で、パソコンの高校だったら、もうパソコンの国家資格も取って、「IT系に進むか。ホリエモンもITやし」みたいな感じになったんですけど、「ちょっと待てよ」って。「おばあちゃん、ずっと美容師って言ってたし、美容師もいいかな」みたいな感じ。正直「ありがとう」って言われる仕事やったら、何でもいい感じでしたね。
美容専門学校で2年間勉強して、株式会社TAYAっていう一部上場企業に入社しました。当時は直営サロンで言ったら世界一ぐらいだったんですよ。そこで一番を取れば日本一になれるかなっ、ていうふうに思って、1番でっかい会社に入ったんですよ。
同期が200~300人いましたね。150店舗あったので、社員が当時でたぶん1,800人くらい。本当に最大手っていう感じでしたね。 -
Scene 04
尊敬する会長から
経営・マネジメントを学ぶも・・・TAYAでは、亡くなられた名誉会長・田谷哲哉さん、美容業界を作ってきた方なのですが、その方から直接いろんな言葉をいただけたことが、大きな学びです。
いまだに当時の会議のファイルを見直すんですよ。何年経っても一貫してて、本当に少しのことしか言わないんですけど、学びが大きくて。今、一般的に言われるようなマネージメント・財務・教育とかは全て、どんな講習に行っても物足りないぐらい、株式会社TAYAで学ばせていただきました。ただ、まぁ苦しかったことと言えば、自分を信頼してくれる部下たちをあまり伸ばしてあげられなかったことです。やっぱり大きな組織の中で動かすには、自分の力が及ばなくて。
苦しい思いをしたり、美容師をやりたいけど食べていけない子がすごく多かったので、それが自分の一番の課題でもあり、独立する理由にもなったかなと思います。 -
Scene 05
手取り12万・利息12万
精神的にも追い込まれる生活「美容師に、稼ぐっていうイメージは無い」っていう人が多いと思います。
僕も、当時は手取り12万円で一人暮らしをしていました。年収がたぶん180~190万くらい。かなりきつかったですね。しかも、僕はフラフラしてたので、手取り12万で借金の返済が12万。元本据え置き、利足だけで12万です(笑)収入以外にもしんどいことはあって、ちょうどスタイリストデビューする直前くらいに、すごくこう、行き詰まった時期があったんですよ。
なにせ器用なので、それまでは、先輩が落ちてるテストでも、前の晩に見て、「あ、そんな感じね」と思ってパパッと(パーマを)巻けば合格するみたいな、イヤな奴だったんですよ。
それが、カットを最終お客様に似合わせるとなったときに、思ったより全然できなくて。ちょっと逃げてしまって、もう遊びまくったんですよね。「もうどうせ受からしてくれへんし」みたいな感じで。まあ、もう寝ずに遊んで仕事してると、ある日、仕事中になんかこう、わーって体中が恐怖心みたいなのに襲われて、手が震えてきて、気づいたら救急車だったんですよ。パニック障害みたいな感じになって、2ヶ月休むことになったんです。2ヶ月休職して、いろんな機会を作ってもらって、また復職できることになりました。しかもそのタイミングでバセドウ病が発覚したりで。
「もう美容師をやめようかな」って思ったんですけど、やっぱり声をかけて くれる先輩も多かったですし、必要としてもらえたので、「やっぱりもう一回頑張りたいな」って。
自分でも「こんなはずじゃない。俺はこんなはずじゃない」っていうのが強かったので、もう1回チャレンジさせてもらったって いう感じです。本当にあそこで何か変わってたら今はなかったかなって思いますね 。 -
Scene 06
「指名全国一位」を実現した
最強の〇〇〇力!でも・・・そんな感じで金銭的にも精神的にもかなりキツい状態ではあったんですけど、会社の未来も感じましたし、割と早く、25歳ぐらいから店長で、27歳からエリアマネージャーだったので、大きな責任を任せていただき、学ぶことが多く、この時期にすごく成長できました。
技術や売上の面では、正直、順調でした。
大きなコンテストでも一番取りましたし、「指名を全国一番取るまでやめない」っていうのも決めてましたし、そこはやっぱこだわってやってましたね。
年収で言ったら、全然1000万以上はありました。20代後半ぐらいから。
で、実は、一番の取り方ってやり方があってね。
美容師って、一人で売上をあげると思いきや、実は「チーム」なんですよね。そのチームが最強でした。当時、やっぱり東京の大きなサロンのスタッフなどがずっと一番だったんです。10年連続とか。「ここに打ち勝つためには?」っていうので、僕にできることはチームプレイだったんです。なので、その強固なチームを作り上げるというのが、売上アップの一番大切なことになります。
例えば、僕が担当するお客様に、実際に僕が携わる時間って10分もないんです。
お客様が2時間いらっしゃるとしたら、残りの1時間50分を他のスタッフがどういうふうにフォローしてくれるかっていうのが1番大切ですね。
この話をすると、「指名してくれたお客様の満足度はどうなの?」って聞かれるんですけど、大丈夫なんですよ。それがチーム です。川畑が育てた後輩、川畑が可愛がってる後輩は、僕のことを好きなお客さんも好きなんですよ。
そういうところも、仕組みですね。「こういうときは、最後に受付でこういうふうに声かけてね」とか、そういうチームを作るっていうところをやって、売上一番を実現しました。
ただね、問題があって。それで、最終的に収入増えるのって、僕だけなんです。
そういう美容業界の仕組みに疑問を持ち出したのが、このころですね。 -
Scene 07
店の売上があがっても
「みんな」を幸せにはできなかった「この大きな仕組みを変えないといけない」って強く思うようになりました。
僕は、それこそ多いときなら月200万円くらい収入があったんですけど、パッと横を見たら同じだけ働いてるスタッフが、やっぱり稼げてないんですよね。
それで、「これはやっぱり大きな仕組みを変えないといけない」と思って。
それだったらもう自分でゼロから立ち上げたほうがいいなって。
自分の思うような経営、思うような未来を作りたくて、独立を決めました。チームを儲けさせれば、最終的にトップが一番儲かります。もちろん、頭にそれもありました。逆に、僕が豊かじゃなければ、スタッフを豊かにはできないと思ったので、そういう意味も含めて「全員で上がる」「全員上げるぞ」っていうような感じでの出発でした。
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Scene 08
スタッフ全員が「稼げる」ようになるには?
自分の店を立ち上げるとなったとき、当然、勝手な自信で「ついて行きたい!」というスタッフたちはいるだろう、と思っていました。
逆に、来てくれたときに、「未来を作る」って言いながらも、どういうことができるのかなって思ったんですよね 。
簡単に言ったら、「スタッフをどうやって売れさせられるか」っていうところを考えたんです 。今(独立前)売れさせられてないのに、「独立したら売れさせられる」って言っても、説得力ないじゃないですか?「何か売るものを考えよう」というところからスタートしました。
売るものを作れば、絶対に売上は上がると思ったんです。
加えて、「売りにくいものって何だろう」って考えました。
周りが売りにくいもの、できないことは何かな?
美容師ってどういう ことで悩んでるかな?
自分ってどんなふうに悩んでるかな?
どういうふうにお客様のことを思っているかな?
そう考えたときに、ひとつだけ思い至ったのが「髪質をキレイにしてあげられなかった」ってことだったんです。
なんか思うようにキレイにできないなとか、すごくダメージした状態で自分のところに来店されるとか。
お客さまは絶対満足されてないだろうし、自分も満足きなかった。
そう思ったときに、ちょっとニッチな世界だったんですけど、当時のいわゆる「ストレートパーマ」とか「髪質改善」という業界に目が向きました。
ニッチで難しいからこそ、「ここや!」と思ったんです。 -
Scene 09
たどり着いた
お客様もスタッフもハッピーにする方法それまで、美容室の世界って答えがなかったんですよ。
例えば、パーマ、カラー。答えは、お客様と美容師本人、それぞれにしかわからない。
でもストレートって、誰が考えても、「ツルツルのサラサラ」がゴールなんです。
答えが決まっている。
10+10は絶対 20なんですよ。
そこの20を作れる仕組みがあれば、当然売れるじゃないですか。
だって ギャップがないので。
これを決めたら、「あ、もうこれで、お客様も美容師もハッピーにできる!」って確信しました。そのときにひらめいたのが、「髪にドラマを。」っていう名前です。
未だに覚えてるんですよ。カットしながら「う~~~ん」って考えてて、「あ、ドラマって言葉めっちゃいいやん。『髪にドラマを。』や!」と思ってね。
ちょっと手を止めて現マネージャーの前田に「ちょっと来て」って。「髪にドラマを。や!」って言ったら、あいつ、めっちゃバカにしたんです(笑)「何言ってんすか」って(笑) -
Scene 10
圧倒的技術は当たり前
さらに大切な「人間力」なので、髪質改善の技術を高めれば、お客様のなりたい髪は作れます!
ただ、実はそれだけではダメなんです。
共感できるようになる、カウンセリングでしっかり寄り添えるようになる、というのがとても大切です。
結局、美容師の業界って、技術に頼りきってきたんですよね。カットがうまいから稼げるようになるとか、〇〇が上手くなれば一人前、みたいに。でも、肝心なものって、心の部分なんですよね。
すごく髪がダメージしてしまったお客様が来られたときに、どういうふうに話を聞いて、どういうふうに提案ができるのか。さらに、どんなふうに寄り添って、その方の心から健康にさせてもらえるか、っていうのはすごく大切なんです。お客様が間違ったケアをしてたりすると、美容師ってついつい「あ、違いますよ」って言ってしまいがちです。でも、お客様がそういうケアをしてしまったのには、必ず理由があるんですよね。
例えば、自宅でのアイロン。お客様は高温で通すんですよ。ダメだってご本人も分かってるんです。そこに僕たち美容師が追撃して「ダメ」って言う必要なんてないじゃないですか。
「じゃあ、なんで高温でアイロンを通すんだろうな」って、その背景を考えましょうっていうような教育をしています。これはトレーニングなんですよね。
普段、車に乗ってるとき、横道からバっと車に入ってこられたら、「必ず入れてあげなさい」と。これ、うちの社訓です(笑)
バッと道に入ってくる人にも、その人の都合があるんですよ。もしかしたら、奥さんが子供を生んで、病院に急いでいるのかもしれない。
そういうふうに相手の 立場を考えれるようになれば、すごく心・器が広くなるよ。器が広くなればなるほど、お客様や人を受け入れる分になるんだよ、って。ちょっと怪しい話に聞こえるかもですけど(笑)こういうことが、すごく大切だなって僕は思います。
受け皿を増やしなさい。そうするとお客様が来られたときにも、もっともっとお客様に寄り添った対応ができる。技術は、誰でも再現できるよう完全に仕組化しているので、技術でもキレイにできる。結果、スタッフみんながお客様から支持されて、みんなが売上上がって、みんなが稼げるようになる。最近、計算してみたら、うちのサロンの場合、全社員トータルで平均年収600万近かったですね。なかなか、収入が上がってきたなって感じてます。
もちろん、平均です。上は1000万円行ってる子もいます。でも400万円を切る子はいないかな。基本、500万円以上はみんな稼いでるんで。
これは、技術だけじゃなくて、心の面も鍛えてきた結果だと確信してます。
だから、寄り添い方のトレーニング はすごくしてますね。 -
Scene 11
全員が笑顔になれる大きな地図を描いて
やっぱり美容師業界を良くしようと思うと、まず美容師の平均の所得を上げる。それから、働く時間をセーブする。いわゆる時間の生産性を上げる必要があると思ってるんです。
その中で、悩んでるお客様って、もうゴマンといる。
悩んでる美容師さんもゴマンといる。
ここがマッチングすれば、もっと良くなると思うんですよ。
ということは、僕たちは何するかというと、悩んでるお客様をキレイにできる美容師さんを増やすことですね。美容師の立場で言うと、悩んでる方をキレイにする能力を身につける。
売上が上がるので、自分の売上の半分ぐらいは、そういう悩みを改善する メニューで担保する。プラス、デザイン。カットやパーマ・カラーなどのデザイン技術で、お客様を可愛くする、キレイにする。お客様の「なりたい」を叶えてあげる。
こういうふうにすれば、今、2兆円ある美容室業界の売上、これが2兆6000億ぐらいまでいくんじゃないかと思ってます。
この 6000億っていうのが、美容師業界の伸びしろ。
6000億上がれば、美容師の給料も6000億円分、上がる。
メーカーの売上も、6000億分、上がる。
ディーラーさんの売上も、もちろん何千億か上がる。
これ、全て良くなるんですよね。
世の中の女性のお財布から出ていくお金がちょっと増えていくんですけど、その分、僕たちが、理想の髪、理想の生活という価値を提供させていただく。必ずハッピーになっていただく。
僕は、美容師兼メーカーのトップとして、全員が笑顔になれる大きな地図を描いてる途中です。 -
Scene 12
「髪にドラマを。」最終的には世界平和(笑)
僕も苦しんできた時代がありました。
もう、仕事帰りにジュース買おうか迷うレベルですよね。だってお金ないから。
まずここを脱却しないといけない。
プラス、お客様、すっごく悩んでますよね。
お客様の髪がキレイだったら絶対にハッピーに笑顔になるじゃないですか。
このために美容師が技術や能力を習得すると、お客様の髪がキレイになって、気持ちが豊かになる。その価値を提供した分、美容師も売上が上がって豊かになる。
これってすごいハッピーじゃないですか。
これを叶えられるのが、僕が持ってる能力では、髪質改善だった。僕、男性のお客様によく言うのは、「奥さんの髪がキレイだったら、奥さん、機嫌良くなりますよ。っていうことは、女性の髪がキレイになれば、世の中で機嫌のいい女性が増えるんですよ。てなると、最終的には世界平和です」って(笑)
もう世の中のみんなが「サラサラで嬉しいわ」ってなれば、もっとお出かけしたくなるし、「何なん、あんた」ってなっていたところを「いいよ、行っておいで」って全部許せるようになるんですね。まぁ、大げさな話ですけど、そこにもドラマがあるっていうことです。 -
Scene 13
笑顔があふれる美容業界を目指して
実は「髪にドラマを。」は2人で始めました。「brote hair&make」の三好という僕の師匠であり親友である人とです。三好は、僕が自分のサロンをどうするかと悩んでいた当時、とても影響力を持っていた美容師で、僕が追っかけていて、本当に仲良くなって、もう1年の3分の1は2人でご飯食べる、家族みたいな存在でした。
でも、2022年に闘病の末、亡くなってしまって。自分でも受け入れづらく、そのときは「髪にドラマを。ももういい。やめよう」と思いました。
でもやっぱり、彼の残したもの、一緒に残したものが「髪にドラマを。」ですし、実際に「髪ドラ」を通して幸せになっているお客様・美容師さんがどんどん増えている。三好さんと二人で語っていた未来がどんどん実現し始めている。そのことに気づきました。だから、「三好さんがいたら、こうなってただろうな」っていうところまでは「もっと、もっと」と思って、それを原動力に成長を続けています。
「髪にドラマを。」この言葉が広まったとき、きっと美容業界はもっと笑顔に溢れます。そのために、まだまだ突き進みます。